特定非営利活動法人

動物介在教育・療法学会

Asian Society for Animal-assisted Education and Therapy

ASAET

イヌの表情認知:DogFACSを用いた解析

野瀬 出・柿沼美紀 日本獣医生命科学大学 比較発達心理学研究室


【緒言】

動物介在介入に参加するイヌの動物福祉を向上させるためには、イヌの感情状態を的確に把握することが重要となる。本研究では、イヌの表情からヒトがどのような感情を認知しているのかについて検討した。イヌの表情を客観的に評価する方法としてDogFACSを用いた。DogFACSとは、Ekman & Friesen(1978)が開発したヒトの表情の符号化システム(Facial Action Coding System: FACS)をイヌ用に発展させたものである(Waller et al., 2013)。少数の筋肉の収縮や弛緩によって生じる動き(Action Unit)に基づいて顔の表情を符号化する。現在ではヒト以外の動物を対象としたFACSが開発されており、他にもチンパンジーやオランウータン、ネコ、ウマ等のFACSが開発されている(https://animalfacs.com/)。

本研究では、イヌの写真刺激を用いて感情評定行い、表情(DogFACSによる符号化)と認知されるイヌの感情との対応関係について調べた。調査対象者の飼育経験や性別による影響についても併せて検討した。

【方法】

対象は、イヌの飼育経験者163名(男性81名、女性82名、20~65歳、平均年齢40.8歳)および非飼育経験者154名(男性76名、女性78名、20~65歳、平均年齢37.7歳)であった。データ収集はWeb調査会社(クロス・マーケティング)に依頼。参加者にはWeb画面上で調査内容について説明し、参加の承諾を得た。回答は匿名で行われた。データ収集期間は2021年1月6日~8日であった。

写真刺激は、3犬種(トイ・プードル、シバ、ゴールデン・リトリーバー)の飼い主に依頼して、撮影済みの写真を提供してもらった。各犬種につき4種類の写真刺激を調査実施者3名の合意により選別した(計12刺激)。選別の際には、快・中性・不快感情の表情が偏りなく含まれるように留意した。

感情評定では、Ekman (1982) の6つの基本感情(幸福、悲しみ、驚き、嫌悪、怒り、恐怖)について5段階(1:全く当てはまらない、2:やや当てはまらない、3:どちらでもない、4:やや当てはまる、5:当てはまる)による評定を求めた。他にも、性別、年齢、居住地域、イヌの飼育経験、イヌ好き度、イヌに対するイメージ評定、幼少期のイヌに関する不快経験に関する質問項目が含まれていた。

【結果】

各刺激について基本感情ごとに平均評定値を算出し、「どちらでもない(3点)」と間に有意な差があるか1標本のt検定を実施した。「どちらでもない」よりも有意に大きい評定値を示した写真刺激を図1に示す(p<.05)。

図1の写真に対して、DogFACSを用いて表情の符号化を実施した。「幸福」と評定された表情に含まれる共通要素としては、唇を離す(AU25)、顎を下げる(AU26)、舌を見せる(AD19)が認められた(図1ABC)。「嫌悪・怒り」と評定された表情の共通要素としては、鼻に皺を寄せ、上唇を上げる(AU109+110)、下唇を下げる(AU116)、唇を離す(AU25)、顎を下げる(AU26)が認められた(図1DE)。「悲しみ」と評定された表情の要素としては、頭を下向きにする(AD54)目を下向きにする(AD64)が認められた(図1F)。

対象者の性別・飼育経験と感情評定値との関係について分散分析を用いて解析した結果、男性よりも女性において、また非飼育経験者よりも経験者において感情評定値が高くなっていた(p<.05)。

【考察】

軽く口を開き、舌を出した表情は「幸福」、 鼻に皺を寄せ、歯をむき出した表情は「怒り・嫌悪」と捉えられる傾向があった。「悲しみ」は顔の部分的な動きよりも、頭全体の動きに影響を受けていた。

イヌの飼育経験がある女性は、イヌの表情をより高く評定していた。飼育経験があると、イヌへの関心が強く、経験に基づいて感情を推測しやすいと考えられる。性差に関しては、ヒトの表情認知においても女性の優位性が示されており(e.g., Rotter & Rotter, 1998)、イヌに限定された効果ではない可能性がある。

今後は映像刺激を用いることで、動きに表れる表情についても検討する必要がある。


図1. 感情評定値が高かった写真刺激